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名古屋地方裁判所 昭和63年(ワ)2110号 判決

原告

鈴木博忠

被告

蜷川美樹

主文

一  被告は、原告に対し、金三八八万五七二〇円及びこれに対する昭和六二年四月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和六二年四月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故

(一) 日時 昭和六二年四月三〇日午前九時四五分頃

(二) 場所 名古屋市名東区高間町四〇九番地先路上

(別紙現場見取図参照)

(三) 被告車 被告運転の普通乗用自動車

(四) 原告車 原告運転の普通乗用自動車

(五) 態様 原告車が一時停止中、カーブしながらバツクしてきた被告車の右後部が原告車の右側面に衝突した。

2  責任原因

被告は、被告車を運転してバツクする際、後方の安全を確認しながら安全な速度で進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、後方の安全を確認せずに相当に早い速度でバツクした過失により本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条に基づき、原告が本件事故により被つた損害を賠償する責任がある。

3  損害

(一) 原告の傷害及び治療の経過等

(1) 傷害

原告は、本件事故により頸部挫傷、腰部挫傷等の傷害を受けた。

(2) 治療経過

(イ) 昭和六二年五月八日から同年九月三〇日まで(一四六日間)雨宮外科医院に入院

(ロ) 同年五月六日、七日及び同年一〇月一日から昭和六三年五月六日まで(実通院日数一一三日)右医院に通院

(3) 後遺障害

原告は、左頸部・左上肢・左前胸部・左背部の発汗過多(皮布湿潤)、左上肢・下肢腱反射亢進と、頸推及び腰推の軽度運動障害の後遺障害を残したまま、昭和六三年五月六日その症状は固定したが、これは自賠法施行令二条別表の後遺障害等級表(以下「等級表」という。)の第九級一〇号あるいは第一二級一二号に該当する。

(二) 損害額

(1) 治療費 一九三万一六七〇円

(2) 入院雑費 八万七六〇〇円

(3) 休業損害 四〇〇万三〇三六円

原告は、本件事故当時は失業中で労働者災害補償保険法による休業補償給付を受給していたが、その支給額(日額)は八五八六円であつたから、原告の賃金は一日当たり一万〇七三二円と算定される。

そこで、右金額を基礎として、原告の休業期間である本件事故当日から昭和六三年五月六日までの三七三日間の損害を算定すると、四〇〇万三〇三六円となるから、原告の休業損害は少くとも同金額を下らない。

8,586÷0.8=10,732

10,732×373=4,003,036

(4) 後遺障害による逸失利益 一〇三三万七八六七円

原告は警備機器販売会社に復職したが、前記後遺障害のため一か月一八万円位の収入しか得ることができず、これは従前の賃金に比べて五五・九パーセントにしか及ばない。

そこで、症状固定日から約一年間は四四・一パーセントの労働能力を喪失したものとし、その後の就労可能期間二七年間は一四パーセントの労働能力を喪失したものとして、ホフマン方式により中間利息を控除して原告の逸失利益を算定すると、合計一〇三三万七八七六円となる。

10,732×365×0.441×0.952=1,644,557

10,732×365×0.14×15.852=8,693,319

1,644,557+8,693,319=10,337,876

(5) 慰藉料 四〇〇万円

入通院慰藉料 一五〇万円

後遺障害慰藉料 二五〇万円

(6) 本件事故との相当因果関係割合

前記(1)の治療費については一〇〇パーセント、その余の損害については八〇パーセントを、本件事故と相当因果関係のある損害とみるのが相当であるから、その合計額は一六六七万四四七九円となる。

(7) 原告車の修理費 一〇万二〇一〇円

(8) 弁護士費用 一六七万七六四八円

4  結論

よつて、原告は、被告に対し、民法七〇九条に基づく損害賠償として、前記損害合計一八四五万四一三七円のうち五〇〇万円及び本件事故の日である昭和六二年四月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、(一)ないし(四)は認めるが、(五)は争う。

2  同2の事実は否認する。

3  同3(一)の事実中、(1)は否認し、(2)はその主張のとおり入通院したことは認め、(3)は否認し、同(二)の事実は否認する。

4  同4は争う。

三  被告の主張

1  傷害の不発生

(一) 本件事故の衝突時における被告車の速度は時速約五キロメートルないし一〇キロメートルの低速であつたうえ、本件事故の直後における原告の病院での治療の経緯・経過や、原告車及び被告車の破損の状況等に鑑みれば、本件事故の衝撃加速度は軽微であつて、本件事故により原告主張の傷害が発生するいわれはない。仮に、原告が本件事故により頸部挫傷等の傷害を負つたとしても、それは原告主張の治療を要する程のものではなかつた。

(二) また、原告は、本件事故以前の昭和六一年五月一四日、看板取付工事に従事中に足場から落下して第一一、第一二胸推圧迫骨折、第二腰推圧迫骨折の傷害を受け、以来入・通院による治療を継続し、本件事故当時も未だ雨宮外科医院に通院治療していたもので、動力けん引術、温熱療法等の治療を受けてもはつきりした病状の好転がない状況であつた。そして、原告は、右労災事故についての診断の際にも左前腕の痺れを訴えているが、これは第四ないし第七頸推の損傷を推認させるものであつて、右労災事故においても、原告は頸椎につき衝撃・損傷を受けていたものである。したがつて、原告にその主張のような傷害の症状があるとすれば、それは右労災事故に原因するものであつて、本件事故に起因するものではない。

2  休業損害等の不存在

(一) 原告は、本件事故当時、前記労災事故により一か月に二〇日以上通院して療養生活を送つていたもので、未だ十分に稼働できる状況にはなかつたから、本件事故による休業損害は発生していない。

(二) また、原告は、前記労災事故による受傷の治療終了後において後遺障害が残ることが予想される状況にあり、その後遺障害の症状固定後に右労災事故前のように稼働することは不可能な状況にあつたから、昭和六三年五月以降において原告主張のような稼働状況であるとしても、それによる逸失利益は本件事故に起因するものではない。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1の事実中、(一)ないし(四)は当事者間に争いがない。

二  本件事故の態様及び責任原因(請求原因2)について

1  原本の存在及び成立に争いない甲第二、第三号証、成立に争いのない甲第六、第七号証、乙第二号証の九、一〇、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第一五号証並びに原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

(一)  本件事故現場は、別紙現場見取図のとおりT字路となつているが、見通しは双方から良好である。

(二)  原告は、原告車を運転し、見取図の東西道路を西方から進行して来て、本件T字路を北方道路へと左折進行したが、左折直後に前方から自転車が進行して来るのを発見し、見取図〈×〉地点で一時停止した。

(三)  被告は、被告車を運転し東進して来て見取図〈1〉地点で一時停止し、北方道路ヘバツクする際、後方の安全を確認することなく、時速約五キロメートルないし一〇キロメートルの速度で進行したため、前記の如く一時停止した原告車に全く気付かず、被告車の右後部を原告車の右側面に衝突させた。

2  右事実によれば、被告は、北方道路へバツクする際、後方の安全を確認してから進行すべき注意義務があるのに、これを怠つたため本件事故が発生したものであるから、被告には過失がある。

したがつて、被告は、原告が本件事故により被つた損害を賠償する責任がある。

三  損害(請求原因3)について

1  傷害について

(一)  成立に争いのない甲第七ないし第一〇号証、第一二号証、証人雨宮孝の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故により頸部挫傷、腰部挫傷の傷害(本件傷害)を受けたことが認められる。

(二)  被告は、本件事故の衝撃加速度は軽微であつて、原告主張の傷害が発生するいわれはない旨主張し、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第一号証は右主張に副うものである。これによれば、実際に自動車を使用して行つた衝撃実験データを参考にして、原、被告両車の変形(衝突痕)、破損程度や衝突速度から見て検討すると、〈1〉本件衝突時の衝撃加速度は約〇・六四Gと推定され、これは早い速度でカーブを切る時や急ブレーキをかける時に生ずる加速度の約〇・八ないし〇・九Gより低いレベルであること、〈2〉脊柱の筋力の強さ(抵抗力)は平均一五〇ニユートンであるのに対し、原告車が受けた衝撃加速度により原告の頭部や腰部に負荷された力は約三五ニユートンで、脊柱筋力の四分の一以下の低いレベルであること、〈3〉衝撃加速度による原告の頸部に生じた回転力(屈曲トルク)は無傷レベルの約五・三パーセント程度であること、等を理由に原告に傷害が生ずる可能性を否定するものである。

(三)  しかしながら、〈1〉弁論の全趣旨により成立の認められる甲第一五号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告車は本件事故により右側面のリアフエンダーからドアにかけて損傷を受け、リアフエンダーは内側から打ち出す板金修理をしたが、ドア・パネルは該部分の構造強度は低いとはいえ相当な凹みを生じたため取り替えたことが認められること、〈2〉前掲甲第七号証、証人小宮美千代の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故の衝撃により腰と首の後部付近に痛みを感じ、原告車の助手席に同乗していた訴外小宮美千代に対し「少し首が痛い。」と述べていたが、当時通院中の雨宮外科医院の雨宮孝医師に対しては事実を隠して転んで腰と首が痛いと述べていたこと、しかし、翌日頃から発熱し、痛みも増し始めたので、翌五月六日に雨宮医師に対し本件事故に遭つたことを告げ、同月八日から同病院に入院するに至つたこと、右小宮は原告車の助手席にシートをほぼ水平の状態に倒して同乗していたが、同女も本件事故の衝撃により体が右側に捻じれる形になり、その勢いで右肘をコンソールボツクス部分に打ちつけ、痛みと痺れがあつたので湿布を貼つて治療したが、痺れは二か月位続いたことが認められること、以上の事実に証人雨宮孝の証言を総合すると、原告は本件事故により本件傷害を受けたものと認定しうべく、前記物理的、工学的実験データによつては、未だ本件事案における右認定を覆えすに足らず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

2  治療の経過について

(一)  前掲甲第七号証、第九、第一〇号証、第一二号証、証人雨宮孝の証言及び原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

(1) 原告は、昭和六一年五月一四日、看板取付工事に従事中に足場から落下して第一一、第一二胸椎圧迫骨折、第二腰椎圧迫骨折の傷害を受け、同日安井外科病院へ入院後、同年一〇月九日雨宮病院へ転院し、本件事故当時も同病院にて通院加療中であつた。その症状としては腰痛と軽度の躯幹前后屈障害があり、これに対する治療として腰椎かんけつけん引、注射療法、内服療法を施行し、症状は序々に良好な経過を辿つていたので、リハビリに努め社会復帰を考えようとする時期にあつたが、あと少くとも六か月位はリハビリを兼ねた通院治療を要する見込みであつた。

(2) 右のような状態にあつたときに本件事故に遭遇して本件傷害を受けたものであるが、原告の症状の他覚的所見としては、左上肢の腱反射亢進、頸椎運動の制限、左上肢全体の知覚鈍麻が認められたが、X線写真上は特に器質的変化はなかつた。

(3) 原告は、昭和六二年五月八日から同年九月三〇日まで(一四六日間)は雨宮病院に入院し、同年五月六日、七日及び同年一〇月一日から昭和六三年五月六日まで(実通院日数一一三日)は同病院に通院し、斜面ベツドによる頸椎けん引療法、注射、内服薬、湿布療法を受け、腰痛も本件事故により従前に比べて増強したため腰椎けん引療法を受けた。

(二)  ところで、原告の頸部挫傷については、その症状のような場合、通常は適切な治療を施すことによりせいぜい六か月、長くても一年以内に大多数のものが治癒されるとするのが専門医の症例研究に基づく医学的知見であることは、当裁判所に職務上顕著である(諸富武文編「外傷性頸部症候群」二六六頁、二六七頁参照)。そして、原告の症状の治癒期間については、右知見以上のものとは認められないのみならず、原告の場合は労災事故の傷害により比較的長期間にわたり治療中であつたこと及びこれによる心理的影響も勘案しなければならないものと考える。

(三)  また、原告の腰部挫傷については、前記(一)の事実によれば、原告は労災事故による受傷に加えて本件事故に遭遇したことにより腰痛が増強したものと認められるので、右腰痛についての因果関係は否定しえないが、その寄与度はせいぜい三〇パーセント程度と認めるのが相当である。

(四)  以上の事情を総合すると、前記(一)(3)の入通院治療については、それを通じて六〇パーセントの限度で本件事故と相当因果関係があるものと認めるのが相当であると考える。

3  後遺障害について

成立に争いのない甲第四号証及び証人雨宮孝の証言によれば、原告は、昭和六三年五月六日時点において、その主張の後遺障害を残して症状は固定したことが認められる。

しかしながら、原告の腰痛に対する本件事故の前記寄与度を考えると、右後遺障害のうち腰部に関する部分はほとんど前記労災事故に起因するものと推認するのが相当であるから、本件事故による後遺障害としては頸部に関する部分を中心としたものであると認められる。そして、これは等級表の第一四級一〇号に該当すると認めるのが相当であると考える。

4  損害額

(一)  治療費 五八万三七四六円

成立に争いのない甲第五号証の一、三によれば、原告は本件傷害による治療費として九七万二九一〇円を負担したことが認められるので、前記説示の理由により、その六〇パーセントの五八万三七四六円を本件事故による損害と認める。

(二)  入院雑費 八万〇八八〇円

原告の入院期間一四六日の雑費については、九〇日分は一日当たり一〇〇〇円の九万円、残五六日分は一日当たり八〇〇円の四万四八〇〇円、以上合計一三万四八〇〇円をもつて算定するが、前記説示の理由により、その六〇パーセントの八万〇八八〇円を本件事故による損害と認める。

(三)  休業損害 六九万五四六六円

前記のとおり、原告は、本件事故当時、あと半年位のリハビリを兼ねた治療で社会復帰も考えられる状況にあつたところ、前記入通院治療のため社会復帰が約六か月程遅れたことになる。そうすると、前記説示の理由により、それによる損害の六〇パーセントは本件事故による損害と認めるのが相当である。

そこで、原告が本件事故に遭遇しなくて社会復帰したならば得られたであろう収入について検討するに、原告本人尋問の結果及びこれにより成立の認められる甲第一一号証によれば、原告は前記労災事故により休職する以前は一か月平均三二万一九七五円の収入を得ていたことが認められるが、原告が本件事故に遭遇しなくて社会復帰しても直ちに一〇〇パーセントの稼働ができたかどうか疑問であつて、前記六か月を通じて従前の六〇パーセント程度の稼働が可能であつたと推認するのが相当である。したがつて、原告の本件事故による休業損害は、前記説示の理由により、右金額三二万一九七五円に対する六〇パーセントの六か月分についての六〇パーセント相当額として、六九万五四六六円となる。

321,975×0.6×6×0.6=695,466

(四)  後遺症による逸失利益 三四万三六一八円

原告は、本件事故による後遺障害により、前記症状固定日から二年間を通じて、その労働能力の五パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。

原告は、本人尋問において、社会復帰したものの収入は従前の収入に比べて相当の減収となつていること、雨が降る前日は手足の痺れ感があること、腰に痛みがあつてコルセツトを着用していること等を訴えるのであるが、前記認定の如く腰部に関する後遺障害のほとんどは前記労災事故に起因するものと推認されるので、右認定を左右しえない。

そこで、原告の前記一か月の収入三二万一九七五円を基礎として、ホフマン方式により中間利息を控除して二年間の逸失利益の本件事故時の現価を求めると、三四万三六一八円となる。

321,975×12×0.05×(2.7310-0.9523)=343,618

(五)  慰藉料 一七八万円

前記入通院期間に対する本件事故の相当因果関係割合等を考慮すると、原告の入通院慰藉料は一一五万円と認めるのが相当である。

原告の本件事故による後遺障害を考慮すると、その慰藉料は六三万円と認めるのが相当である。

(六)  原告車の修理費 一〇万二〇一〇円

弁論の全趣旨により成立の認められる甲第一六号証、第一八号証の一、二によれば、原告は本件事故により損傷した原告車の修理費として一〇万二〇一〇円を要したことが認められる。

(七)  弁護士費用 三〇万円

本件事案の内容、訴訟の経過、認容額その他諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある損害として原告が被告に請求しうる弁護士費用額は、本件事故時の現価に引き直して三〇万円とするのが相当である。

四  結論

以上によれば、原告の請求は、三八八万五七二〇円及びこれに対する本件事故の日である昭和六二年四月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 寺本榮一)

別紙 〈省略〉

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